国際税務

米国だけ「別レール」を走るグローバルミニマム課税——OECDサイド・バイ・サイド合意とスイス・日本の実務最前線

KPMGスイスが継続的に更新しているPillar Twoニュースページは、年間連結売上高7.5億ユーロ以上の多国籍企業グループに15%の最低課税を求めるBEPS 2.0(第2の柱)について、スイス国内の規制動向と国際的な変化を追いかけています。その国際的な変化の中で最大のものが、2026年1月5日にOECDが公表した「サイド・バイ・サイド」パッケージです。Skadden法律事務所は、この行政ガイダンスにより米国親会社のグループが実質的にGloBEルールの適用範囲外に置かれると解説しています。制度の統一性を掲げてきたグローバルミニマム課税が、米国だけ別の仕組みと並走する形に再設計されたわけで、2026年4月からUTPRとQDMTTの適用が始まる日本の実務家にとっても他人事ではありません。

Pillar Two:米国「別レール」と各国の実務

背景と全体像

グローバルミニマム課税(Pillar Two)は、OECD/G20の包摂的枠組みが合意した制度で、所得合算ルール(IIR)、軽課税所得ルール(UTPR)、国内ミニマム課税(QDMTT)の3層で15%の最低税負担を担保する設計です。KPMGスイスのページは130カ国以上が支持する枠組みだと紹介しています。

もっとも、米国は自国のGILTI(2025年税制改正後はNCTIと呼称)を持つことを理由に一貫してGloBEルールへの編入に抵抗してきました。米財務省のG7声明を経て、2025年6月にG7は米国系グループをIIR・UTPRの対象外とする「サイド・バイ・サイド」方式に政治合意し、A&O Shearmanによれば、これが2026年1月5日のOECDガイダンスで正式に制度化されました。CFO Diveは、この合意が米財務省とOECDの年末ぎりぎりの交渉の産物だったと報じています。

詳細解説

KPMG米国の速報は、パッケージが(1)計算・報告の簡素化措置、(2)税制優遇への対応としての新セーフハーバー、(3)サイド・バイ・サイド・セーフハーバー、(4)公平な競争条件を検証する実証的ストックテイク、(5)QDMTTを「第一次的メカニズム」と位置づける国内ミニマム課税の強化、の5要素で構成されると整理しています。

中核のサイド・バイ・サイド・セーフハーバーについて、A&O Shearmanは、20%以上の法人税率と包括的な外国所得課税制度等を備えた「適格レジーム」の国に親会社を置くグループをIIR・UTPRから除外する一方、QDMTTは除外されないと解説しています。同記事によれば、2026年1月時点で適格国としてOECDの記録に掲載されているのは米国のみです。また新設の実質基盤型税制優遇セーフハーバー(SBTIセーフハーバー)は、給与コストや有形資産に紐づく一定の適格税制優遇であれば実効税率を下げてもトップアップ課税を招かない仕組みで、2026年1月1日以後開始会計年度から適用可能と紹介されています。経過的CbCRセーフハーバーの2027年までの延長(2026〜27年は実効税率17%以上が要件)にも触れられています。さらにOECDは2029年までに、低税率国への利益集中やインバージョンの増加といった「納税者行動の負の傾向」を監視するストックテイクを完了する予定だと同記事は伝えています。

起点となったスイスの状況を見ると、EYは、スイスが2024年1月からQDMTT、2025年1月からIIRを施行する一方、UTPRの導入は無期限に延期したと報告しています。RSMスイスは、電子申告プラットフォーム「OMTax」が2025年1月から稼働し、2024年12月期については2026年6月30日までに登録・申告を完了する必要があると案内しており、まさに今年が最初の申告実務の年に当たります。

論点と異なる見方

評価は割れています。Mayer Brownなどの実務系事務所が米国系グループのコンプライアンス負担軽減を中心に紹介するのに対し、批判は構造面に向かっています。

米国のNGOであるFACTコアリションは、サイド・バイ・サイド方式が制度を「保存しつつ弱める」と指摘しています。同ブリーフは、米国のNCTIの実効税率が12.6〜14%と15%を下回るうえ、国別計算のGloBEと異なり全外国所得を合算するため、高税率国と低税率国の所得をブレンドしてタックスヘイブンの利用を続けられると分析しています。Kluwerの国際税務ブログは、公平な競争条件を目指した制度が「不揃いな階段」になったと表現し、EU法との構造的な抵触の可能性まで論じています。欧州議会調査局の資料も、両制度の並走が競争条件と税源浸食への懸念を生むと整理しています。加えて、給与や有形資産に紐づくSBTIセーフハーバーは製造基盤の厚い先進国に有利で、途上国側の不満を強めているとの見方も検索で複数確認できました。他方、A&O Shearmanは、2029年のストックテイク次第でセーフハーバーの修正・廃止が勧告される可能性や、英国の実装が2027年にずれ込む可能性にも言及しており、制度はなお流動的です。

実務への影響と留意点

日本では、国税庁の特設ページにあるとおりIIR(各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税)が2024年4月1日以後開始会計年度から適用済みで、EY Japanは令和7年度税制改正でUTPRとQDMTTが法制化され、2026年4月1日以後開始会計年度から適用されると解説しています。実務家として押さえるべき点は次の4つと考えられます。

  • 米国親会社グループの日本子会社を再点検する: サイド・バイ・サイド・セーフハーバーでIIR・UTPRが外れても、日本のQDMTTは2026年4月以後開始会計年度から適用されます。「米国系だから関係ない」という誤解を顧問先に与えないことが重要です。
  • スイス等の中間親会社を持つグループの申告スケジュールを確認する: スイスでは2024年12月期分の申告期限が2026年6月末に設定されており、日本側でのGloBE情報申告(GIR)との情報整合を早めに詰める必要があります。
  • セーフハーバー要件の年次変化を追う: 経過的CbCRセーフハーバーの実効税率要件が2026〜27年に17%へ上がる点は、判定の入れ替わりを生みます。
  • AIを使った継続モニタリングを仕組み化する: ガイダンスが数カ月単位で積み上がる領域なので、私はOECD・Big4の更新をAIで要約・差分把握する運用が有効だと見ています。

私の見解

私は、今回のサイド・バイ・サイド合意を「制度の死」ではなく「重心の移動」と見ています。IIR・UTPRという越境的な執行装置が米国系に効かなくなる分、各国のQDMTTが事実上の主戦場になり、日本を含む各国の国内ミニマム課税の設計と申告実務の巧拙が問われるでしょう。一方で、FACTコアリションが指摘する合算方式のブレンド問題は理論的に筋が通っており、2029年のストックテイクまでに利益移転の再燃が観測されれば、制度の再修正は避けられないと考えられます。日本の会計事務所にとっては、制度が揺れているからこそ「最新の適用関係を正確に説明できること」自体が付加価値になる局面です。私は、この複雑さの追跡こそAIと相性のよい業務だと見ており、当面はQDMTT中心の世界を前提に顧問先の体制整備を急ぐべきだと考えます。

出典

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