トムソン・ロイターが公開した解説記事「How are different accounting firms using AI in 2025?」は、Big4から中小事務所まで、会計事務所の規模ごとにAI活用の姿が大きく異なる実態を整理しています。基礎データとなった同社Thomson Reuters Instituteの「2025 Generative AI in Professional Services Report」では、税務事務所の組織的な生成AI導入率が1年で8%から21%へとほぼ3倍になったことが示されました。一方で、ポリシー未整備やトレーニング不足といった足元の脆弱さも同時に浮かび上がっています。日本の会計事務所にとっても、海外の先行事例は「何から着手し、何に備えるか」を考える格好の材料になると私は見ています。

背景と全体像
Thomson Reuters Instituteは法律・税務会計などプロフェッショナルサービス業界を対象に、生成AIの利用実態を毎年調査しています。2025年版レポートの解説記事によれば、調査対象は米国・英国・カナダ・豪州などの専門職で、組織レベルの生成AI導入率は全体で12%から22%へとほぼ倍増しました。同社のプレスリリースは、この局面を「インキュベーション(試行)からインテグレーション(統合)へ」の転換点と位置づけています。
なかでも税務事務所の変化は際立っており、導入率は前年の8%から21%へ急伸しました。起点記事は、導入予定なしと答えた事務所が2024年の49%から25%へ半減したことも挙げており、「様子見」層が急速に減っていることがうかがえます。また税務専門家向けエグゼクティブサマリーは、税務事務所の専門家の89%が「生成AIは自分の業務に適用できる」と考え、68%が業界の将来に「期待」または「希望」を感じていると報告しています。
詳細解説
起点記事が示す活用の実像は、規模によってはっきり分かれています。
Big4の動き。記事は、Big4が監査文書レビューの自動化や自社開発ツールの全社展開を進め、社内ツールで20〜50%の生産性向上を得ているケースがあると紹介しています。各社の投資規模も裏付けがあり、Bloomberg Taxの報道や業界メディアのまとめによれば、KPMGは5年間で20億ドル、Deloitteも20億ドル、EYは14億ドルを投じてAIプラットフォーム「EY.ai」を立ち上げ、PwCは10億ドルの投資とともにChatGPTを10万人超の従業員に展開しOpenAIの最大級のエンタープライズ顧客になったと報じられています。
中小事務所の使い方。起点記事は中小事務所の主要用途として、(1)税務リサーチ(信頼できるコンテンツからの情報抽出)、(2)申告書作成(財務資料からのデータ抽出・整理)、(3)税務アドバイザリー、(4)記帳・経費分類の自動化、(5)契約書・請求書の要約と異常検知、の5つを挙げています。レポート本体でも、税務・会計専門家の利用用途は税務リサーチが77%、申告書作成が63%、アドバイザリーが62%と、リサーチ系が最多です。
ツール選択のギャップ。起点記事によれば、利用者の52%はChatGPTなどの汎用ツールを使い、税務・会計特化型ツールの利用は17%にとどまります。守秘義務を負う専門職が汎用ツール中心という構図は、後述するセキュリティ懸念と表裏一体だと考えられます。
組織体制の遅れ。レポートでは、回答者の52%が「組織に生成AIポリシーがない」と認識し、64%が職場での生成AI研修を受けておらず、ROI(投資対効果)を測定していると答えたのは20%にとどまりました。トムソン・ロイターの別の解説記事は、税務・会計・監査事務所で従業員向けAI研修を実施しているのは25%と専門サービス業種の中で下から2番目であり、明確なAI戦略を持つ事務所は14%に過ぎないと指摘しています。
論点と異なる見方
第一の論点は「導入率」の読み方です。Thomson Reutersは税務事務所の組織的導入率を21%としますが、Wolters Kluwerの2025 Future Ready Accountantレポートは、会計事務所のAI利用が1年で9%から41%へ4倍以上になり、72%の事務所が週1回以上AIを使っていると報告しています。数字の開きは「組織として正式導入したか」と「業務のどこかでAIを使っているか」という定義の違いによるものと考えられ、実態は「個人利用が先行し、組織のガバナンスが追いついていない」段階と読むのが妥当でしょう。
第二の論点はリスク評価です。Accounting Todayの論説は、AI革命は本物である一方、誤りやハルシネーション(もっともらしい誤出力)という新しいリスクが生じていると警告しています。特に数値のハルシネーションは表形式の中で自然に紛れ込むため発見が難しいと、監査テック企業Trullionの解説も指摘しています。監督当局も動いており、PCAOB(米国公開会社会計監視委員会)の2025年検査優先事項は、生成AIを含むテクノロジー利用の増加を検査の重点領域に挙げ、AIはあくまで道具であり職業的懐疑心・判断・レビューの重要性は変わらないと強調しています。
第三に、クライアント側の期待とのねじれです。レポートによれば、税務事務所のクライアントの77%は「依頼先の事務所に生成AIを使ってほしい」と考える一方、59%は自分の事務所がAIを使っているかどうかを知りません。期待は高いのに説明がなされていない、というコミュニケーションギャップが存在します。
実務への影響と留意点
日本の税理士・会計事務所にとって、この調査から引き出せるアクションは次の4点だと考えています。
- 利用実態の棚卸しとポリシー整備を先に行う。海外では過半数の組織がポリシー不在のまま個人利用が進んでいます。顧問先の機密情報を汎用AIに入力しない・匿名化するなどの最低限のルールを、導入拡大より先に文書化すべきです。
- 用途は「リサーチ・要約」から始める。海外でも最多用途は税務リサーチ(77%)であり、条文・通達・Q&Aの下調べや資料要約は費用対効果が高い入口です。ただし出力は必ず原典(e-Gov法令検索や国税庁資料)で裏取りする運用をセットにします。
- 研修とROI測定を仕組みにする。研修実施率25%・ROI測定20%という数字は、裏を返せばそこが差別化要因になるということです。月次で「削減時間」を記録するだけでも投資判断の質が変わります。
- 顧問先への説明をサービスに組み込む。クライアントの多数がAI活用を期待している以上、「当事務所はここでAIを使い、ここは人が確認する」と明示することが信頼につながると考えられます。
私の見解
私は、このレポートの最重要メッセージは導入率の伸びではなく、「個人の熱量と組織の統制の落差」だと見ています。ChatGPT等の汎用ツールが52%、特化型が17%という比率は、守秘義務を負う職業としては危うい過渡期の姿でしょう。一方で、Big4が数十億ドル単位の投資で20〜50%の生産性向上を報告している以上、価格と速度の競争条件は確実に変わっていきます。日本では税理士法上の守秘義務(税理士法38条)がある分、ガバナンス先行型の導入がむしろ競争力になると考えられます。1〜2年以内に「AIを使うか」ではなく「AI利用をどう説明できるか」が顧問先選定の基準になると私は予想しています。
出典
- How are different accounting firms using AI in 2025?(Thomson Reuters)
- 2025 Generative AI in Professional Services Report(Thomson Reuters Institute)
- 2025 GenAI report: Executive summary for tax professionals(Thomson Reuters)
- GenAI adoption is on the rise, now business strategy needs to follow(Thomson Reuters Institute)
- Generative AI Adoption Nearly Doubles(Thomson Reuters プレスリリース)
- Challenges of adopting AI in accounting firms(Thomson Reuters)
- Wolters Kluwer 2025 Future Ready Accountant report
- Big Four Firms Embrace AI to Revamp Corporate Service Offerings(Bloomberg Tax)
- Big 4 firms invest over $4B in AI(The Finance Story)
- The AI revolution in accounting is real. So is the new risk(Accounting Today)
- AI Hallucinations in Accounting and Audit(Trullion)
- PCAOB Staff Report Outlines 2025 Inspection Priorities(PCAOB)
もしこの記事が参考になりましたら、Xアカウント(@ash_ai_tax)もフォローしていただけると嬉しいです。